神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ
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https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100399175
このアイテムのアクセス数:
310
件
(
2026-09-09
15:57 集計
)
豊臣秀吉朱印状
メタデータ
ファイル出力
メタデータID
0100399175
資料種別
manuscript
タイトル
豊臣秀吉朱印状
作成日
1594
日付(和暦)
文禄三年八月廿五日
言語
Japanese (日本語)
数量
[文書](46.2×66.0cm)
形状
包紙あり
請求記号
71
関連情報
URI
https://lib.kobe-u.ac.jp/da/nakagawake/
URI
https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/sc/0100399368
注記
264 [包紙]あり。264は関連情報を参照。
カテゴリ
中川家文書
文禄(1592-)
権利情報
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目次・内容記述を表示
抄録・要旨
【文禄二(1593)年における中川秀成の豊後岡移封に関するもの】文禄三(一五九四)年八月、秀吉が中川秀成を大分郡内今鶴村(現、大分市津留村)の代官に任じ、四六二石二升の年貢の運上を命じた朱印状。「船着たるにより」と文面にもあるように、今鶴村は、中川領を貫流する大分川・大野川の河口に位置する重要な船着場であった。なお、この時の船着場とは、大分川河口の沖浜であったが、文禄五年閏七月一二日の大地震で海没、慶長二(一五九七)年冬に今津留浦に移ったという(「中川氏年譜」、『中川史料集』所収)。中川氏がこの地の代官に任ぜられたのは、中川氏の所領が内陸部にあったため、その年貢積出港として利用させるためであったと考えられている。これもまた、豊臣政権による中川領の政治的・経済的再生産の支持策の一つといえよう(六九号文書参照)。(解題作成:神戸大学文学部日本史研究室)
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